家政婦は見た!」の次辺りに来るんであろう、「まんが日本昔ばなし」。今年女優生活48年を迎えた市原悦子さんが、本日のとくダネ!特捜部に番宣絡めて取り上げられておりました。


 VTR明けのスタジオで、「市原さんは声*1が素晴らしいよね、齋藤さん」と振る小倉氏。
 それを受けた齋藤様は「声にもう頭の良さ、知性が表れてますね。まだ耳に残っています、まんが日本昔ばなしかさじぞうが。」と。
 “か・さ・じ・ぞ・う”と一音ずつ区切るように余りにも強調した言い方だったので、中堅アナウンサーの癖に噛み噛みの笠井アナへの当てこすりかと思いきや「大好きだったんです」*2とのこと。


 インタビューに答える市原女史の声音はともかくとして、引き合いに出した「まんが日本昔ばなし」での女史の声は、「知性」じゃない!「かさじぞう大好き孝クン」のほのぼのエピソードにほっこり浸る余韻もそこそこに強く思う。


 1975年1月にスタートし、全国ネットから外れ、新作を放映しなくなったのが1994年ということは、幼児期から学生時代までどっぷり子ども時代を共に過ごした「まんが日本昔ばなし」(まんが日本昔ばなし資料室参照)
 時に笑い、泣き、怯えながら「情けは人の為ならず」「天網恢々疎にして漏らさず」等々、今ならば小難しい警句を用いて表すような人生訓の類を、言葉ではなく感覚として身体に染み込ませてくれたテレビアニメ。その数えられない程の作品群を通しての、市原悦子の声のイメージは私にとっては「エロス」なのだ。
 天真爛漫な子どもの声も含蓄たっぷりな老女の声も、それぞれ印象には残っているが、年頃の娘を演じる声こそが声優市原悦子の真骨頂だったと思う。殊に悲恋ものでは、幽体離脱ならぬ声体離脱の境地。


 タイトルも細かいストーリーも覚えていないのだが、人目を忍び、夜中に川を泳いで逢瀬を重ねる恋人同士の話の時の娘の切ないような喘ぐような声色と息遣いは、家族団欒のひとときには不似合いなくらいのエロスを醸し出していて、悪いことをしているような居住まいの悪さを今でも覚えている。
 小学生だった私が漠然と感じていたのは、確かにヰタ・セクスアリスだったと今になって思う。


 なんて勝手に思っていた私にとっては、「知性的な声」という齋藤様の一言は衝撃的だったのでございますよ。さすがに「かさじぞう」好き。孝クン。マッスグマより真っ直ぐだ。
 見る人にとって、これだけイメージがかけ離れるというのは、市原悦子の演じ幅の広さももちろんだけど、それぞれに勝手に感情移入するものなのねぇと、自分への呆れも含めて感じました。
 「まんが日本昔ばなし」で好きだった話、をテーマに話すと、人となりやバックグラウンドが分かって面白いかも知れません。


 さて、これを書いている間だけで、2回もCMを見てしまったまんが日本昔ばなし ビデオ10巻セット。今なら、オリジナルぼうや人形も付いてくるらしいっすよ。川を泳いで恋人に会いに行く話は、入ってないだろうけど。

*1:「声に出して読みたい日本語」を意識してであろう、グッジョブ

*2:「かさじぞう」がね